妊娠が分かったとき、
嬉しさと共に、強い不安が押し寄せてきました。
理由ははっきりしていて、
妊娠検査薬の線が、思っていたほど濃くならなかったから。
今日は、
hCGの上昇が遅かった最初の妊娠のこと、
妊娠継続率を見て涙した日のこと、
そして今、妊娠6ヶ月になった今でも生き続けてくれている赤ちゃんのことを、
ひとつの記事として残しておこうと思います。
BT11〜BT15でも、線は濃くならなかった
下の写真は、BT11〜BT15の妊娠検査薬です。

一般的には、
BT11〜BT15頃になると
「もっとはっきり、濃くなっているはず」
と言われることが多い時期。
実際、ネットで検索すると、
同じ時期の写真はくっきり濃いものばかり。
自分の以前稽留流産した時ももっと濃かったんです。
でも、今回の私の検査薬は違いました。
陽性ではあるけれど、
明らかに薄いまま。
何度も検査薬を見返し、
「これはきっと難しいんだろうな。」
今回のトライで最後にしようと夫とも約束していて
でも本当に諦められるんだろうか…..
そんな気持ちでいっぱいでした。
判定日のβ-hCGと、妊娠継続率「2%」
判定日のβ-hCGは、約79 mIU/mL。
不安な気持ちのまま、
妊娠継続率を計算するサイトに数値を入力しました。
画面に表示されたのは──
「2%」

その数字を見た瞬間、
涙が止まりませんでした。
「やっぱり無理なんだ」
「期待しちゃいけなかったんだ」
頭では
「統計は統計」
「個人差がある」
と分かっていても、
心は全然追いついていきませんでした。
hCGの上昇が遅かった妊娠初期
振り返ると、この妊娠は
とにかくスタートがゆっくりでした。
- BT13:hCG 76.6
- 5週でも胎嚢がはっきり見えず
- 「子宮外妊娠の可能性も否定できない」と言われた時期もありました
正直、
毎日が不安で、毎日検査薬をしては
「今回も難しいのかもしれない」
そんな気持ちで過ごしていました。
Vanishing babyと、着床のズレという考え方
この妊娠では、
Vanishing baby(途中で消えてしまった赤ちゃん)がいたこともありました。
顕微鏡受精(ICSI)ではありましたが、
複数の命が関わる中で、
何かしらの作用が起きて、
着床や成長のスタートが少し遅れたのかもしれない
今は、そんなふうに感じています。
- hCGの立ち上がりが遅かったこと
- 検査薬がなかなか濃くならなかったこと
- 初期に胎嚢が確認しづらかったこと
これらを一つの流れで見ると、
「異常」ではなく、
「始まりがゆっくりだった妊娠」だったのではないか、
そう思えるようになりました。
それでも、妊娠は続いていった
6週を過ぎた頃から、
少しずつ状況が変わっていきました。
- 心拍が確認できた
- CRLが週数に近づいてきた
- 「週数相当の成長」と言われるようになった
一度エンジンがかかると、
赤ちゃんはちゃんと、自分のペースで成長してくれました。
もう心臓が動いていると聞いた時は
嬉しくて嬉しくて
診察台の上で泣きました😭
そして今、妊娠6ヶ月
今、私は妊娠6ヶ月です。
血腫のせいで今も出血があり、入院中です。
決して「順調」とは言えない妊娠生活です。
思い描いていた「安定期」なんてなく
今も体調の良い日と悪い日が混合する毎日。
それでも──
赤ちゃんは、今も生きてくれています。
毎日看護師さんが赤ちゃんの心音を聞いてくれるのですが、
馬の走るような力強い心臓の音を聞かせてくれます。
BT15でも逆転現象とは程遠く、
妊娠継続率2%と言われたあの赤ちゃんが、
今もお腹の中で成長している。
これはもう、
奇跡でしかないと心から思っています。
無事生まれてくれたら
「奇跡」とか「光」とか「希望」って名前にしようかと思うぐらい、
この子はすごいです。
ちょっと名前直球すぎますか?😅
同じように不安な人へ
もし今、
- 検査薬が薄くて不安な人
- hCGが低くて検索ばかりしている人
- 継続率の数字に心が折れそうな人
そんな人がいたら、
この記録を知ってほしい。
数字や統計が、
すべてを決めるわけじゃなかった。
ゆっくりでも、
確かに進んでいる命も、ここにあった。
あの時、涙した私へ。
そして、今これを読んでくれている誰かへ。
生きてくれていること自体が、もう十分すごい。
今は私は切迫流産です。
これが意味していることは、
今赤ちゃんが産まれて出てきてしまったら
医療では助けられないという意味です。
でも22週を過ぎれば
「早産」という言葉に変わって、
医療で赤ちゃんを救う手助けをしてくれます。
このまま、どうかどうか
お腹の中で大きくなってください。
どうかどうか
22週とは言わず、
40週までお腹の中にいて
私に守らせてください。
毎日そう願わずにはいれません。

コメント